来 歴

落日


ゆるやかな陸地が
枯草色の裾をひいて海に続いていたり
空の低いところを
何ということもなしに鳶が舞つていたりするのを見ると
静かな実に実に静かな秋というほかのことばは出てこない
陸と海とが互にゆずりあつて生きてきた幾時代
平和に書きわけられた地図の上を
今日と明日をはなやかにぼかしながら
太陽はやすやすと海の方へ落ちて行く
その海の向こう側には
太陽の落ちて行くに先だつて赤々ともえている世界がある
遠くへ行つて村に火をつけた人たちは
今でも遠くで自分を焼きはらうために罰せられている
今日もおびただしい炎をあげ
その苛酷な劇はまだ幕にならない

海の向う側には
ゆるやかな斜面に腰をおろして
枯草色の服をつけた人たちが
今もこちらの空を見つづけている
今日も死んだ日のままの所作を余儀なくし
その顔から土色の仮面がまだはずせない

枯草色の静かな秋が
小さな草の実をこぼしているゆるやかな斜面の上に
鳶の影など踏みながらうずくまつていると
こんなにうつろでこんなに明るい夕映えも
平和という名で呼べば嘘になる理由が
手痛いこだまになつて私の臓腑に沈んで行く

来歴目次